【体験談】悲痛・・、私みたいな苦労を絶対にしないでちゃんとした離婚を!

離婚にはきちんとした準備を

私は17年前に当時4歳だった息子を連れ離婚しています。連れ添って14年目の夏でした。夫は私が妊娠中に会社の宴会でコンパニオンに入れ込み、わずか半年ですが、さんざん貢がされた挙句捨てられたようです。

夫とは恋愛結婚ではありましたが、考えてみればそれほど好きでもなく、年齢的にただ結婚したかっただけの理由で一緒になりました。出産後、サラ金に手を出したことが発覚しお金の使い道を問いただした結果、コンパニオンに貢いだことが分かったのですが、それほどショックではありませんでした。

しかし、私は産後うつがひどかったので夫の不貞に不信感が募り、それから寝室を別にし実質的には別居したも同然の生活を4年間おくりました。

離婚も出産したばかりだったので決断がつかず悩みましたが、そうこうしているうちに今度はギャンブルで借金を作りだしたため、これを機会に離婚の準備を始めました。

子ども二人で生活していくには働かなければならないため求職活動をし、新たな住居を探し準備を整え家を出ました。慰謝料は請求せず、引っ越しに必要な道具など、夫名義の預金をおろして揃えました。

離婚はスムーズにできたのですが、養育費をもらえたのもわずか5年ほどで、だんだん借金で首が回らなくなったようでした。そのうち、人づてに夫が会社を辞めたとの話が耳に入り、一人で引きこもっている様子に自殺でもされたら大変との考えがよぎりました。

夫は感情のない性格ですが、夫の兄が数年前自殺しているため心配になりました。そして、夫の実家の姉に電話を入れ、様子を見てくれるよう連絡しました。

そののち姉夫婦が介入し、自己破産の手続きと、家を売り夫は実家へ帰るようになったのです。それからはぱったりと連絡をよこさず、息子はだんだん大きくなり学費などお金が要るようになりました。

月々の養育費がどうしてもできない

私はフルタイムで働いていましたが、収入は少なくいつも生活がカツカツの状態でした。更年期もあったのか体調がすぐれず寝込むことも多くなりました。

仕事のストレスや思春期で反抗期を迎えた息子との葛藤など、苦しい時期がしばらく続きうつ病が再発してしまったのです。休職したくても傷病手当では食べていくこともできず、私は思い切って別れた夫の実家を訪れました。

5年ぶりの再会でしたが、すっかり老け込んだ夫は目の色もにごり、生気を失っている印象でした。姑と義姉を交え、これから大学進学を目指している息子のために仕送りを再開するよう頼みました。

私はその時かなり身体が弱っていたので、もし自分に何かあった時は父親である夫に息子の親権を託したかった思いもあったのです。

願いが通じ、その後半年くらいは少ない額ながら仕送りがありました。しかし、もともと借金癖のある夫は、フリーター収入を酒やギャンブルに投じているらしく、すぐに途絶えまた裏切られたのです。

離婚時調停も起こしていますが、その時の調書がどこかにしまい込まれたのか見つからず、結局元の木阿弥です。本当に女って損ですね。しかし、あと1年息子が大学を出るまで、何が何でもがんばってみるつもりです。

» 財産分与や養育費、慰謝料の計算